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東京高等裁判所 平成元年(う)1297号 判決

被告人 中川徳章(昭25.3.8生)

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人○○作成の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、これを引用する。

一  控訴趣意中、原判決の、児童福祉法34条1項9号にいう「児童を自己の支配下に置く行為」及び同法60条3項にいう「児童を使用する者」の解釈適用の誤りを主張する点について

所論は、要するに、原判決は、被告人が原判示ビデオ録画1本に本件児童を主演女優として出演させたことをもつて、児童福祉法34条1項9号にいう「児童を自己の支配下に置く行為」及び同法60条3項にいう「児童を使用する者」に当たると判断しているが、被告人が本件児童を原判示ビデオ録画に主演女優として出演させたのは、被告人と、本件児童の所属するプロダクションとの間の契約によるものであり、しかも、その契約は本件児童をビデオ録画1本に出演させるというものであつて、被告人と本件児童の間には雇用関係がないだけでなく、継続的な関係もなく、実質的に見ても、被告人は、本件児童を2日間にわたる原判示ビデオ録画撮りのうち一定時間しか拘束していないのであるから、原判決は、同法34条1項9号及び同法60条3項の解釈適用を誤つたものであり、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。

思うに、児童福祉法34条1項9号にいう「児童を自己の支配下に置く行為」とは、児童を、使用、従属の関係において、その意思を左右し得る状態の下に置くことをいい、また、同法60条3項にいう「児童を使用する者」とは、児童と継続的雇用関係にある者のみに限定されないが、少なくとも児童と雇用関係類似の密接な社会的関係において児童の行為を利用し得る地位にある者をいうと解するのが相当である。

ところで、原裁判所が取り調べた証拠によれば、

(一)  被告人は、ビデオテープレコーダー用映像の企画、製作並びに販売等を目的とする株式会社○○の代表取締役として、同社の業務全般を統括していたものであるが、原判示ビデオ録画「あぶないセーラー服」の製作、販売を企画し、Aに脚本の作成及びビデオ録画の監督を委嘱し、○△の名称でモデルや女優の有料紹介業を営んでいるBから売り込み方を持ち込まれていた同プロモーション所属の本件児童を、書類審査及び面接の上(面接は同社の製作担当者をしてこれを行わせたものである。)、原判示ビデオ録画に主演女優として出演させることを決定し、Bとの間で、被告人及びBそれぞれにおいてその従業者を介して、本件児童をして株式会社○○が製作するビデオ録画一本に出演料80万円で出演させる契約を締結したこと、

(二)  株式会社○○は、右契約により、本件児童を女優として同社が製作するビデオ録画に使用し、同児童を指揮監督して演技させ得る地位及び権限を取得したこと、

(三)  株式会社○○の代表取締役であつた被告人は、右地位に基づき右権限を行使する実質的な行為主体として、原判示ビデオ録画の監督を委嘱したAに対し、事前の企画段階や脚本原案の検討段階において具体的に指示を与えるなどしながら、前記の権限を、A並びに同社のビデオ録画製作関係者をして録画を行わせることによつて行使したものであること、

(四)  Aは、被告人の委嘱と指示、承認の下に、株式会社○○のビデオ録画製作組織の一員として、本件の脚本を作成し、録画現場において本件児童らを指揮監督して原判示ビデオ録画の演出等を行つたこと、

(五)  本件児童は、Bとの間の専属契約並びにBと株式会社○○との間の前記出演契約により、同社が製作するビデオ録画に主演女優として出演することを義務付けられたものであり、本件児童もこれを承認し、同社が製作するビデオ録画1本に主演女優として出演するため同社の録画現場に赴き、Aの指揮監督の下に、原判示日時場所において、2日間にわたり、いずれも午前8時頃から午後10時頃まで、同社の製作関係者が事前に立てた録画予定表に従い、男優を相手にともに全裸で露骨な性戯、模擬性交などの猥褻な演技等を行つたもので、その場合、Aの指揮監督に従わずに逸脱するときは出演契約違反の問題も生じ得るものであつたこと

が認められる。

そして、以上の諸事実を総合すると、被告人と本件児童との間に雇用関係がないことその他の所論の指摘する事情を考慮しても、被告人は、本件児童を、使用、従属の関係において、その意思を左右し得る状態の下に置いたものということができ、すなわち、被告人は、本件児童を「自己の支配下に置く行為」をしたものというべきであり、また、被告人は、株式会社○○の代表取締役として、同社が前記出演契約により取得した本件児童に対する原判示ビデオ録画製作についての前記地位に基づく前記権限を実質上行使し得る地位にあつた者で、本件児童と雇用関係類似の密接な社会的関係を有していた者ということができ、すなわち、被告人は、本件「児童を使用する者」であつたというべきである。所論が援用する判例(当庁第6刑事部昭和40年1月19日判決・高裁刑集18巻1号1頁)は、本件と事案を同じくするものでないばかりでなく、必ずしも本判決と法律上の見解を異にするものとも認められない。

以上の次第であつて、原判決の理由中には児童福祉法34条1項9号及び同法60条3項の解釈について本判決と措辞を異にする部分があるが、両規定を適用した結論は正当であり、原判決に、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがあるということはできず、論旨は理由がない。

二  控訴趣意中、原判決が本件児童の年齢確認について被告人の無過失を認めなかつたことの事実誤認、法令の解釈適用の誤りを仮定的に主張する点について

所論は、要するに、かりに被告人が本件児童を使用する者であつたとしても、被告人は、同児童の年齢確認を十分に行つており、この点に過失はなかつたのであるから、これを認めなかつた原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認、あるいは児童福祉法60条3項、刑法38条1項但書の過失の解釈適用を誤つた違法があるというのである。

しかし、原裁判所が取り調べた証拠を調査して検討しても、被告人が、本件行為当時、本件児童の年齢確認に過失がなかつたとは認められない。

すなわち、関係証拠によれば、本件は、ビデオ録画に児童を主演女優として出演させ、男優を相手にともに全裸で露骨な性戯、模擬性交などの演技、すなわち、児童の心身に有害な影響を与える行為をさせるものであつたこと、被告人は、原判示のようなビデオ録画を製作する株式会社○○の代表取締役として、経験上、児童の中には高額の出演料欲しさに年齢を偽つてでも右のような演技を伴うビデオ録画に出演しようとする者がいることを十分知つていたこと、面接の日、本件児童を連れた○△の従業者Cと路上で行き合つて、同人から本件児童を紹介され、同児童の容姿を知り、その後、○△側から提出されていた「宣材」(女優をビデオ製作会社などに売り込むための女優の宣伝材料のことで、本件では、本件児童の全身及び上半身を写したヌード写真2枚とプロフイール表が綴られたものである。)や株式会社○○の製作担当者が作成した「C氏が本件児童の学生証でその年齢を18歳と確認している。」旨記載のある面接表を見て、同児童の顔付きからその年齢の点に危惧感を抱き、同製作担当者に「この子は顔が幼いから年齢を確認しておけ。」旨指示したほどであるにもかかわらず、結局は、右宣材及び面接表の記載並びに同製作担当者からの形式的な報告以上に何ら同児童の年齢確認を尽くしていないこと、ちなみに、○△の前記B及びCが年齢確認のために本件児童に提出を求めた准看護学校作成の身分証明書は、その年齢欄に18歳と記入されてはいたが(同児童が虚偽の記入をしたものである。)、生年月日欄は空欄のままという杜撰なものであつたこと、Bらも同児童の年齢の点に危惧感を抱きながらも、同児童に生年月日や干支、誕生日の星座等を聞いただけでそれ以上に同児童の年齢確認を尽くしていないこと、さらに面接を担当した株式会社○○の製作担当者も、面接時、同児童の顔付きからその年齢の点に危惧感を抱きながらも、Cが本件児童の学生証で年齢を18歳と確認したということや同児童が他社でもビデオ録画に出演しているということを聞いただけで、その場で同児童に対し年齢確認の問いを発することすらせず、また、その後○△側から提出された同児童の前記身分証明書(写)を見て、その生年月日欄が空欄のままであることに気付きながら、それ以上に同児童の年齢確認を尽くさず、このことを特に被告人に報告もしていないことなどが認められ、以上の諸事実に徴すれば、被告人が本件児童の年齢確認について過失がなかつたとは到底認めることができないところである。

以上の次第であつて、原判決に所論の事実誤認、あるいは児童福祉法60条3項、刑法38条1項但書の過失の解釈適用に誤りがあるということはできない。論旨は理由がない。

三  控訴趣意中、原判決が被告人とBとの間の共謀を認めたことの事実誤認、理由不備、法令の解釈適用の誤りを主張する点について

所論は、要するに、原判決は、被告人がBとの間で本件児童の原判示ビデオ録画出演契約を締結したことをとらえて、被告人とBとの間に本件共謀があつたことを認定しているが、被告人及びBには本件児童が「満18歳に満たない者」であるとの認識はなかつたのであり、しかも被告人とBとの間にあるのは、本件児童をビデオ録画に出演させるという内容の契約、すなわち対立当事者間の合意でしかなかつたのであるから、被告人とBとの間に本件共謀(同方向性を有する者の間の意思の合致)を認めた原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認、理由不備、刑法60条の解釈適用を誤つた違法があるというのである。

しかし、被告人は、前記のとおり、本件児童を使用する者であるから、同児童が「満18歳に満たない者」であることを知らなかつたとしても、児童福祉法60条3項本文の規定によつて同法60条2項及び34条1項9号の規定による処罰を免れることはできないものであること(もつとも、本件児童が「満18歳に満たない者」であることを知らなかつたことについて被告人に過失がない場合は、同法60条3項但書により処罰を免れるが、被告人が同児童の年齢確認について無過失であつたと認めることができないことは前記のとおりである。)、すなわち、使用者である被告人には本件児童の年齢についての認識は不要であるから、被告人に本件児童の年齢が18歳未満であるとの認識がなかつたとしても、このことが本件共謀の成否に影響を及ぼすことはないこと、また、被告人は、前記のとおり、本件児童と専属契約を結び同児童の心身に有害な影響を与える行為をさせる目的で同児童をその支配下に置いていたBとの間で(関係証拠によれば、同人も、本件児童の使用者であり、かつ同児童が「満18歳に満たない者」であることを知らなかつたことにつき無過失であつたと認めることはできないものである。)、それぞれにおいてその従業者を介して、具体的に同児童の心身に有害な影響を与えることが明らかな原判示ビデオ録画に同児童を主演女優として出演させる目的で同児童を実質上被告人の支配下に置いたものであるから、それがBとの間の契約によつたものであるとしても、従業者を通じて、Bと、同児童の心身に有害な影響を与える行為をさせる目的で同児童を実質上自己の支配下に置くことの意思を相通じたものであるというべきであり、この点において両名間に共謀が成立したことは明らかである。

以上の次第であつて、原判決に所論の事実誤認、刑法60条の解釈適用の誤りがあるということはできず、また、共謀成立の理由を説明することなどは、もともと有罪判決の理由として必ずしも必要でないばかりでなく、原判決は、被告人とBとの間に本件共謀の成立を認めた理由を示しており、理由不備の違法があるということはできない。論旨は理由がない。

よつて、刑訴法396条により本件控訴を棄却することにして、主文のとおり判決する。

検察官○○公判出席

(裁判長裁判官 大久保太郎 裁判官 小林隆夫 生島三則)

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